2017 / 08
≪ 2017 / 07 - - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - 2017 / 09 ≫

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

パワースポットブームで、日曜祝日は渋滞で悲しい状態の戸隠。
でも、人が来るようになったおかげか何なのか、戸隠神社では宝物館が完成。

宝物館には、以前(http://kasanan.blog56.fc2.com/blog-entry-167.html)にも書いた、通天(目)牙笏があります。
あの正倉院と戸隠、2本しか現存してない牙笏です。
それが、今までは、7年に一度の式年大祭の時にしかお目にかかれませんでしたが、宝物館のおかげで、いつでも見られるようになりました(^O^)
ただ、宝物館そのものに期待してはいけません。
式年大祭の、宝物展示の印象が大きかった私は、思わず「えっ、これで終わり?」と思ってしまいました。
神社の歴史に対して、余りにも小規模です。
宝物館の拝観料は一般300円です。これを高いと思うかどうかはあなた次第。。。なんてどこかのTV番組は置いておいて、この機会に通天牙笏をぜひ!

。。。と書いて。
見たとき、ちょこっと、衝撃的なことがありました。

この通天牙笏については、地元古代史ファンにはそれなりに有名でしたが、いつも天武天皇遷都説と絡めて伝えられていました。
遷都というよりは副都でなかったかと言われていますが、書記にも記載があるせいか、戸隠、鬼無里には伝説があり、由来した史跡もいくつかあります。
その後、橿考研の菅谷先生が納めた人は「聖武天皇」説を展開して下さいました。これは地元のくだけた(笑)テレビ番組でも特集してくれました。

ところが、今回の説明書きには書記の持統5年の記述を引き合いに「この水内社は戸隠神社と思われる」とし、持統天皇が納めた説をとっています。
この説は、初耳です。
やはり、眉唾ものの遷都説を取るより、書記の記述の方が権威あると思ったのでしょうか?
天武天皇より、持統天皇の方がウケがいいから…ってことはないですよね(爆)

本当のところ、誰が、戸隠神社に、通天牙笏を収めたのでしょう。

ところで水内社については、以前、mixiでつぶやきましたが、その後何も書けなくて心にひかかっています。
あの時書いた、水内社候補は湯福神社というところで、善光寺の西側にあります。
そこに、本当かどうかはわかりませんが、善光廟があります。
よもや善光廟がこんなひっそりとあるとは知らず…初めて見た時はびっくり。
ちなみに本田善光は金刺氏で、秦氏と関係のある人だったという説(?)もあります。

その説では、善光寺は、物部氏の魂を鎮めるためのお寺ということになります。
「善光寺の謎」という本です。余談ですが、前回のご開帳の折、東京の書店ではすごい量が平積み…に飽き足らず、店の外側に向けたウインドウに並べてありました。
内容を知っている私は、「ご開帳関連の本と言っても、なにもこれを並べなくても…もっと一般受けするものがあるでしょう?」とかなり引きました。
考えると、少し怪しげな本で、しかも文庫サイズというのは売れるのかもしれませんね。内容は、一般より少し古代史ファン向けのような気がします。しかし、本当の古代史ファンには眉唾にしか思えないかもしれません(苦笑)

この記事へコメントする















かさなん

Author:かさなん
この日記では、主に「旅・ドライブ、その他お出かけ」「ドラマ・映画の感想」「歴史(特に飛鳥時代関連)」を書く予定でした。なんだか方向が変ってしまった気がしますが…宜しくお願いします

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。